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長谷山博之の シネコンサートが待ち遠しい! 《 交響曲第9番ニ短調作品125「合唱付き」 》
2021.02.05
誰しもが知るベートーヴェンの「第九」である。交響曲第8番が生まれてから12年経った1824年に完成・初演である。それこそ50代半ばになろうとしてるベートーヴェンにとって満を持しての交響曲であったのだろう。ベートーヴェンは20代の初めの頃にシラーの「歓喜に寄す」の詩に出会い何れは作曲したいと考えていたようで、先にも書いたが一楽章には交響曲第2番の第一楽章に用いたフレーズが見え隠れする。
CDショップに行っても多種多様、様々なオーケストラで様々な指揮者で録音されているのが判る。そしてこの曲についてあまりにも多く語られているので此処で多くを記すことは避けるが、初めて演奏されたのは196年前の1824年のウィーン、日本で初めて演奏されたのは102年前の1918年、第一次世界大戦で敗れ日本の捕虜となったドイツ兵を収容していた徳島県の捕虜収容所である。捕虜に楽器を与え、演奏会を許した日本人の懐の広さは改めて感心である。現在のようなオーケストラによる演奏は1924年、現在の東京藝術大学の前身である東京音楽学校の学生たちであった。
ちなみに仙台での初演は71年前の1949年11月の東北大学交響楽団第33回定期演奏会、会場は東北大学中央講堂。指揮を執ったのは芸大教授の金子登氏、合唱指揮は後に宮城フィル(現仙台フィル)の育成のために尽力した熊田為宏氏である。余談であるが「第九」と並んで人気のあった〝ハレルヤ〟を含む「メサイヤ」は1937年仙台音楽協会が黒沼幸四郎指揮により東北学院大学礼拝堂で行われた。歴史的には「メサイヤ」の方が先輩である。ちなみに仙台フィルの前身である宮城フィルが「第九」特別演奏会をするようになったのは1979年からなので最近の事と言えば言えなくもない。ちなみに仙台フィルの前身である宮城フィルが設立されるきっかけになったのは1973年に開催された「メサイヤ」の公演である。
ちなみに初演でよくある話であるがウィーンでの初演も、日本での初演も、仙台での初演も大小様々な問題やら、事故?があったそうである。
 この曲が最も演奏されるのは日本。海外ではそれほど頻繁に演奏されることは無いようだ。確か1980年代後半にニュー・ヨークで世界各国から集まったオーケストラプレイヤーによる第九の演奏会が行われた折に、日本からのオーケストラプレイヤーが100回を越える演奏をしていると聞いて周りも、指揮のバーンスタインも驚いたと言う話を聞いた。そのくらい「第九」は特別な曲目なのである。第二次世界大戦後初めて再開されたバイロイト音楽祭の「第九」は未だに名盤として高い評価を得てるし。ベルリンの壁の崩壊、チェコの民主化、EU統一の象徴するもの等々人類に最も愛された音楽作品と言ってもいいだろう。ベルリンの壁崩壊直後の演奏はドイツ、ソ連、アメリカ、イギリス、フランスの楽団員合同でバーンスタイの指揮で行われ歌詞の”Freude”(歓び)を”Freiheit(自由)”に変えての演奏は感動的であった。中国では2020年より「第九」が宗教曲であるとして学校教材から除外され世界中の音楽関係者は驚いた。自他ともに認める共産主義の信奉者であったバーンスタインが存命ならどう思ったのだろう。
余談ではあるがこの曲の標準の演奏時間は74分。これがCD開発に際して記録容量の目標になったと言われている。

photo(c)Unitel

第1楽章は静粛を作り出すよう柔らかな持続音と弦楽器のキザミで始まりすぐに膨らんでいくかのような強奏となる。今までのベートーヴェンの交響曲にはないスタイルである。全神経集中し大作へ挑む姿が画面から伝わる。音楽の表情が目に見えて変わっていくのは映画ならではの世界。バーンスタインはスコア(総譜)を読みつくし、考えに考え抜いたかのように進めていく。もの凄い緊張感と安らぎが表される。この交響曲の先を暗示するかのようである。聴く者が固まってしまうかのよう錯覚さえ覚え楽章は閉められる。
第2楽章は弦楽器で始まり、すぐにティンパニが叩かれる。こんな楽章の始まりは今までなかったはずである。ベートーヴェンの交響曲が常に革新的であったと言われるのはこの様なところなのかも知れない。クラシック音楽は再現芸術と言われている。では再現するのは何なのだろう。譜面面(ふめんづら)をなぞり、音を出すだけで生まれてくる感動なぞ高が知れている。バーンスタインは完全に暗譜で振り続け頭の中で譜面の先にある何かを伝えてくれている。指揮者という存在を超え存在自体が指揮になっている。もしかして立っているだけでもオーラだけで音楽は進むかもしれない。改めてバーンスタインの巨匠たる故を思い知らされる。
第3楽章は緩やかで静けさを思い起こす楽章。ベートーヴェンの交響曲の中で最も美しく、穏やかで、神秘的な楽章と感じるのは私だけであるまい。人生の終末を迎えるならこの様な雰囲気の中で迎えたいとさえ思ってしまう。音楽は温かな光を放つ神が降りてきたかのように温もりを加えながら進む。後半に盛り上がりを見せるが静けさの中で楽章は終える。
第4楽章は第3楽章と切れ目なく演奏される。穏やかな前の楽章から激しさは正にベートーヴェンの感情の中から生まれてきたものであろう。重々しく重厚な響きもやがて訪れる〝歓喜〟の序奏である事が解る。やがて現れるよく知る旋律は明るい〝歓喜〟の世界を予感させながら前に進む。しかし、何という穏やかで暖かな指揮なのだろう。曲が進むにつれてそれが激しくも熱くもなって来る。テノールがマーチのテンポに乗り歌い上げる。トライアングルとシンバルの登場は当時としては革新的だったのだろう。〝歓喜〟への歩みを確かに感じる。やがて合唱が〝歓喜〟を歌い上げる。合唱が歌い上げている時の弦楽器の扱いは見事である。後にワーグナーが「タンホイザー」の序曲でベートーヴェンの影響を受けていたのがよくわかる。バーンスタインは合唱団と共に歌い、人々と共に祈り、天に向かい会話しているかのようである。圧巻なフィナーレでの爽快感は「第九」ならでは。
今は、万人が〝抱擁〟し〝歓喜〟の声を上げるという事は容易ではないが、その精神は時代を超えバーンスタインがベートーヴェンに代わってしっかりと伝えてくれたはずである。万感の思いを込め合唱が歌う「Götterfunken」(神々の火花)は必ず上がるはず。

photo(c)Unitel

長谷山博之 ☞
公益財団法人仙台フィルハーモニー管弦楽団事務局勤務。
「仙台発 大人の情報誌 りらく」連載「音楽(ねらく)物語」(現在休載中)で健筆を振るうなどクラシック音楽の伝道師としても活動。
美酒と美食と音楽そしてこの世のすべてのものを愛する、まるでバーンスタインみたいな博愛主義者。(笑)