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長谷山博之のシネコンサートが待ち遠しい!《 交響曲第6番ヘ長調作品68 》
2021.01.30
交響曲第6番は『田園交響曲』でお馴染みである。古き映画ファンにとってはウォルトディズニーのファンタジア。文学愛好家にとっては宮澤賢治で親しみを感じている人も居るかもしれない。余談ではあるが古くから仙台に住んでいる60歳以上のクラシックファンには、昔、歯科医師会館の地下にあった名曲喫茶「田園」を思い起こす人も居るかもしれない。憧れのスピーカーJBLのパラゴンが鎮座してあって満足なオーディオ装置等持ち合わせていない私にとってはバロック喫茶「無伴奏」と並んで心地よい空間であった。
余談はさておきこの曲は、交響曲だけど珍しく5つの楽章からなっているのも特徴的である。標題はベートーヴェン自身がつけたもの。ここで興味深いのはこの標題は何処か特定の情景を表したものではなく心の中にある田園の情感を表したものだと言うことである。それ故、聴き手にとって自由に情景が浮かび情感が膨らむのであろう。更に各楽章にも標題がついている。
最初の楽章には「田舎に到着したときの愉快な感情の目覚め」と記してあり、バーンスタインは力むことなく良い意味での脱力の中で音楽は進む。バーンスタインの長い休暇の過ごし方を想像してしまう、しかし本当に気持ちよさそうに振っている。第2楽章は「小川のほとりの情景」は穏やかで幸せな気持ちさえ運んでくる。ナイチンゲール、ウズラ、カッコウの鳴き声がバーンスタインのそよ風を届けるような指揮の先に模される。第3楽章には「田舎の人々の楽しい集い」変わり番に歌い踊る様子が頭の中で描かれるのは若き時に観た映画「ファンタジー」の影響かもしれない。曲は賑やかに踊りテンポも高まる。村人たちも宴のお酒の恩恵に預かった事だろう。ウィスキー大好きなバーンスタインならでは?と思うのは私だけではあるまい。短い楽章である。

photo(c)Unitel
楽しきことは長く続かぬが如く、第四楽章は「雷雨、嵐」、宴の中断、不安感、絶望感を煽りまくるような指揮である。ティンパニに負けない位叩きつけるような指揮を振る、雷様が降りてきたかの様、嵐の風切り音をピッコロがこれでもかと言わんばかりに模し、終楽章に進む。終楽章は「牧歌 嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち」である。〝空けぬ夜はない〟如く雲から太陽がのぞき、太陽の光に輝く雨粒が残った木々の葉を思い起こさせる。大地が微笑みかけるように、広く大きな流れを穏やかに、自然の恵みを享受するかのような指揮である。ベートーヴェンは散歩が好きだったと言われる。自然の中で歩くのが好きだったと言われる。バーンスタイン自身も「この曲は実体験から来ている」と語っている、人は誰もが似たような経験を持っている故、自然に曲が身体に染み渡るのだろう。約45分のベートーヴェンとバーンスタインの田園交響曲という名の散策に御伴している感に自然となって来るのは私だけではあるまい。

長谷山博之 ☞
 
公益財団法人仙台フィルハーモニー管弦楽団事務局勤務。
「仙台発 大人の情報誌 りらく」連載「音楽(ねらく)物語」(現在休載中)で健筆を振るうなど
クラシック音楽の伝道師としても活動。
美酒と美食と音楽そしてこの世のすべてのものを愛する、まるでバーンスタインみたいな博愛主義者。(笑)