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長谷山博之のシネコンサートが待ち遠しい!《交響曲第5番ハ長調「運命」作品67》
2021.01.30
photo(c)Unitel

交響曲第5番は日本では「運命」と呼ばれ、誰しもが知る交響曲である。ベートーヴェン亡き後に自称無給の弟子のシントラーが語ったことによれば 冒頭4つの音を「このように運命は扉をたたく」とベートーヴェンが言った事からそうなったらしいが、そもそもそれが記してあった「会話帳」自体に信憑性がない。しかしここまでこれだけ定着していると今更どうしようもないのも事実。正真正銘の弟子のツェルニーによれば、キアオジという鳥のさえずりがヒントだというが此方のほうが本当っぽい。ちなみに最初の4つの音の最初は休符。要するに音がない。決して三連符ではない。音がない音を振る指揮者の力量が一瞬にしてわかる恐ろしい交響曲である。
初演は1808年、田園交響曲と一緒に演奏された。最初の構想は完成の4年も前からあったと言われるので練りに練られた渾身の一曲だったのだろう。とは言え初演は様々な事が重なって決して褒められたものではなく、後に改めて再評価され評判が高まっていった。時代も進み、今では馴染みのピッコロ、コントラファゴットが交響曲に初めて用いられたのもこの曲である。
 第1楽章のお馴染みの冒頭の休符をしっかり意図しながら振り始める。冒頭からため息が出そうである。あまりにも有名な動機は全体を通して用いられ、昔読んだ本で作曲家の黛敏郎氏が338回(全く定かではないですが…)と書いていた様なかすかな記憶である。(黛敏郎氏御免なさい。)楽章半ばの動機の再現は何とも言えない味わいを聴かせてくれる。改めて練りに練られた楽章であると感じる。
第2楽章の速度表示は Andante con moto、簡単に言えば程々に歩くような速さである。散歩が好きだったと言われるベートーヴェンを一寸想像してしまう。曲全体は穏やかであるが時折、強音で再現される動機がかえってその穏やかさを引き立てる。指揮に良く応えるオーケストラに、バーンスタインの穏やかで満足気な表情はこの演奏が特筆すべきものであることの証であろう。
第3楽章は、重々しく静かに始まり、すぐに最初からの動機が現れ、それが何度も相槌を打つかのように奏され前に前にとドラマチックに音楽は進む。コントラバスとチェロから始まるところは曲に陰りを与えるがそれは後に壮大なる光を引き立てる役目となる。恐ろしい迄の静粛さを保ちながら曲は途切れることなく第4楽章へと繋がる。暗いトンネルから抜け出て、燦々と輝く太陽の光をいっぱい浴び、希望に満ち溢れ新たにスタートに立つかのようにフィナーレへと進む。(それ故に第四楽章冒頭のカメラ割は残念だ。)いろんなことはあったけど未来は明るい、〝さあ、両手をいっぱいに広げ日の光いっぱい浴びようぜと〟言わんばかり時折笑みさえ浮かべながら汗だくで指揮する姿はベートーヴェンが天から降りて来たかの気にさえなってしまう。こんな感動的な「運命」に出会えることは至極幸せである。〝暗〟から始まったこの曲は〝明〟で終わりを告げる。限りなく明るい音にベートーヴェンは音を伸ばすことを意味するフェルマータの記号を付けている。さらにバーンスタインはその音を更に永く伸ばして響かせる。バーンスタインの魅力120%の瞬間。巨匠の醍醐味である。

長谷山博之 ☞
 
公益財団法人仙台フィルハーモニー管弦楽団事務局勤務。
「仙台発 大人の情報誌 りらく」連載「音楽(ねらく)物語」(現在休載中)で健筆を振るうなど
クラシック音楽の伝道師としても活動。
美酒と美食と音楽そしてこの世のすべてのものを愛する、まるでバーンスタインみたいな博愛主義者。(笑)