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長谷山博之のシネコンサートが待ち遠しい!《交響曲第3番変ホ長調「英雄」作品55》
2021.01.27
 ついで演奏するのは交響曲第3番変ホ長調作品55である。日本では『英雄』と呼ばれているが正確には「ある偉大なる人の思い出に捧ぐ」と記されている。完成したのは1804年まさにベートーヴェンが尊敬するナポレオンが皇帝になった年である。よく皇帝に登りつめたナポレオンに失望しナポレオンへ献呈と記した譜面の表紙を破り捨てたとか、その文字をグシャグシャにペンで消したとか言われるがどうもそれは疑わしいらしい。
「ある偉大なる人の思い出に捧ぐ」と記されている様に、実際にはベートーヴェンは皇帝即位後もナポレオンを尊敬していたらしく第二楽章の葬送行進曲があまりにも即位した皇帝にそぐわないと献呈を取りやめにしたという説もあり、私的にはそれがふさわしいような気がする。第九交響曲を除くとベートーヴェンが最もお気に入りの交響曲だったと言われ、もしも感情的な意味で献呈を取りやめていたらお気に入りでは無くなっていたろうと考えるからである。

 photo(c)Unitel

そしてこの交響曲はこれまでの交響曲と違って兎に角長い。モーツァルトの三大交響曲がそれぞれ30分弱であった事を思えは50分強の交響曲は当時としては異常に長い交響曲である。それまでの常識から逸脱したスケールの大きな交響曲は正にベートーヴェンらしさの確立であったと言っていいだろう。この交響曲が完成される直前にはヴァイオリン・ソナタの最高峰と言われるクロイツェル・ソナタが完成されている。後にベートーヴェンを悩ませる病の影響もあったとはいえ作曲に精を出していた時期であったのだろう。この曲の完成を機にピアニスト兼作曲家から作曲家ベートーヴェンとなる。
第一楽章の冒頭はティンパニを伴う弦楽器の強い音から始まる「英雄」の名に相応しい堂々たるものである。ややティンパニの音色を浮き立たせるようにしながら重々しい冒頭をやや控えめにして次のテーマにつなぐ。たった始まりの七小節でこの長い交響曲の期待感が膨らむ。この交響曲が画期的と言われた要素の一つがティンパニの使い方である。是非一楽章のバーンスタインの左手の動きに注目してほしい。オーケストラの奏者が欲しい時に欲しいだけの指示を的確なタイミングで確実に出している。縦線を揃える術はパーフェクトと言っていいだろう。 第二楽章は大東亜戦争の終結記念日は演奏される日本人なら誰しもが知るのがこの葬送行進曲の楽章です。それが後にいろいろな推測を招くのだが、とあるベートーヴェン愛好家の話では〝ベートーヴェンにとって生の頂点として、自信を超え成長する象徴としての死〟からそうなったのかもしれないと聞いた。この時期既にベートーヴェンは病に悩んでおり、この交響曲が人の本来の在り方を作曲者自身に問うことであったとすれば極めて納得できる。後に彼の集大成となる第九交響曲の精神的な骨格はこの時に既に芽生えていたのかもしれない。祈る様な流れをバーンスタインは時としてこれでもかと言わんばかり力強く思い込め振る。その姿はこの楽章がいかに大きな意味を持つのかを問いかけてくれる。
第三楽章ではウィーンフィルのホルンパートの完璧な音色を存分に堪能できる。当時の楽器を考えればとんでもない技術と緊張を奏者に強いていた事だろう。ベートーヴェンはきっとホルンの音色が好きだったのだろうと想像してしまう。
第四楽章は主題から次々へと変奏していく。第四楽章と呼ぶよりもフィナーレと呼ぶにふさわしいかのように、途切れることなく全力を尽すスポーツ選手のように先へ先へと進む。しかし強音から弱音へ変わる部は勢いで進むことなくしっかりとオーケストラをコントロールしている。人並み以上にタバコとお酒の大好きな59歳の人間の体力とはとても考えられない。フィナーレは正に圧巻である。50分余りの時間をかつてこれほど短く感じたことは無い。そんな一時である。

長谷山博之
 
公益財団法人仙台フィルハーモニー管弦楽団事務局
勤務。
「仙台発 大人の情報誌 りらく」連載「音楽
(ねらく)物語」(現在休載中)で健筆を振るうなど
クラシック音楽の伝道師としても活動。
美酒と美食
と音楽そしてこの世のすべてのものを愛する、まる
でバーンスタインみたいな博愛主義者。(笑)